夫は樹の上にかがみ込むようにして話しかけている。小さな、ふくれっつらの、赤らんだ頬の一部がかさかさと乾き、赤い衿巻をぐるぐるに巻きつけられた樹の上に。
私はつったってそれを見ている。自分たち三人が、いま一緒に動物園にいるということが不思議に思える。物事の順番や、原因や道理は遠すぎてさっぱり分からないと思える。
「あんたたちのやりかたは、あたしにはわからない。とっても変だよ」
母はそう言うが、でも、人は誰だってどういうふうにかしてやっていかなくてはならないのではないか。
江國香織『動物園』
網野智世子 評価PR