正直、彼女は怖かった。けれど紫のラメで縁取られたその瞳は私だけを見つめ、その言葉は私だけに向けられていた。
私はいつのまにか布団の中にいて、部屋は静まり、まどからはいつかどこかで見たような月が透けていた。枕元にはメイクを落としたアヤさんが膝を崩していて、その頬は月よりも澄み渡り、目が合うと彼女は小さくささやいた。
「今日はもう寝な。なんも考えないで」
私はうなずき、何も考えないで寝ることにした。
思わず「あ」と声煮出したほどだ。みんなの耳には母の「さあねえ」と私の「あ」が、永遠に繋がらない二つの音として残るのだろう。
森絵都 『永遠の出口』
網野智世子 評価PR